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品川の歴史
「品川」の文字が歴史書において初見されるのは、1184年(元暦元年)の田代文書である。
室町時代には品川湊を拠点とした豪商・鈴木道胤の存在が知られており、古河公方足利成氏や太田道灌といった関東の実力者からも一目置かれていた。
江戸時代においては、東海道、江戸口の一番目の宿場町品川宿として栄えた。現在の東海道、国道15号線は、当時の東海道から離れた位置にあり、これと国道357号線に挟まれた路地が当時の東海道である。
また、江戸の港町としても栄え、上方へ向かう廻船が品川湊から出航した。
品川の心象的地理が拡大した要因ともなる、東海道本線品川駅が現在の港区港南に開業したのは、日本初の鉄道が品川-横浜(現在の桜木町駅)間に敷設された、1872年6月12日のことである(新橋?横浜間は10月14日本開業だが、これに先立つ仮開業)。
なお、1902年に京浜電気鉄道(現在の京浜急行電鉄)が現在の大森海岸駅まで開業した際は、現在の北品川駅が品川駅を名乗った。これは地理的にみると省線の品川よりも名乗りが正しいが、これよりも省線の品川駅よりに路線を延長して省線品川駅向いに高輪駅を開業させると、品川駅から北品川駅へと名称を改めた。
さらに1933年に高輪駅を廃して、現在地と同じ省線品川駅に併設される形に改められて以来、京急本線では品川駅の南側は北品川駅という状態が続いている。
旧東海道付近は、かすかに宿場町である品川宿の風情を残している。大崎駅一帯、品川駅一帯では近年再開発が進み、町の顔が大きく様変わりしている。
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